10月上旬も終ろうとしているのに、東京地方日中29℃まで上がって久しぶりに暑いと文句を言っております。事務所に戻ったらクーラー稼働してた。
医療関係のことで調べる必要があってあれこれググっていたら、やはり医師不足というキーワードに多々出くわします。実はある病院のサイトを請負って制作後運営をしているのですが、ここでもひとりでも多くの医師に来てもらいたいということで、サイトの内容は医師・研修医募集のウェイトを大きくした作りになっているわけです。
それにしても毎年たくさんの医学部から学生が卒業してるのになんで足りないんだ!?というのは、毎年美大やデザイン学校からたくさんのデザイナーが卒業しているのになんで足りないんだ!?問題ともしかしたら同じで、足りないというのはズバリ、使えるヤツが足りないということなんだろか!?
こうやって厚生労働省からのデータだ、ということで見てみるとなんだ増えてるじゃないかと思えるのだけど、実際にはデータの出し方がひどくて、もはや引退している、それどころか死亡している、医師免許持ってはいるけど仕事は医者じゃないって人も含まれているような杜撰なデータのようです。ということで、どうも実際はこのグラフの通り医師は増えてるとは言い切れないようです。
ものすごく端的にわかりやすい医師不足歴史の流れがまとめてあったので拝借いたしました。
旧厚生省は、1970年に最小限必要な医師数を目標設定し、1県1医大構想を推進してきた。そして1県1医大構想に基づき、医科大学・医学部が存在しない県に医科大学・医学部を新たに設置、その結果、医学部入学定員は1984年に過去最高の8280人となった。
医師数過去最高は1984年がピークだったということで1986年にはこのままでは増えすぎてしまう!と、医学部入学定員の10%削減が行われたということです。今2013年だから27年前の削減政策で当時26,27歳だった人は53,54歳あたりかと思いますが、働き盛りが足りないということになっていそうです。さらに約10年後の1997年に医学部定員削減に取り組んでしまったようで、これまた拍車をかけたのかなぁ。
で、あれこれ読んでいくと2004年の 『新臨床研修制度』というのがさらに医師不足の状況に追い打ちをかけたというのです。
『新臨床研修制度』とは、大学の医学部(6年制)を卒業後、2年間を初期臨床研修として必修化し、複数の診療科で総合的に研修する制度である。
なんだけど、卒業したらそれなりに安定したところに就職したいというのは、医師でなくても仕事を選ぶ際の大きな基準となるわけですが、この制度になってから研修医さんはより待遇のいい条件のいいところを選ぶようになって、結果そういういい条件の揃った大都市部の病院に集中するようになってそのままそこで働くことになってるというのも、ひとつの原因のようです。
すんごい長い表ですが、人口10万人あたりの医師数、ちょっと古くて2010年では、徳島県304 東京303 埼玉148ということです。徳島県が1位なのか…。第2位が東京ということで、先ほど出た大都市部への集中のあおり食らってるのが隣の埼玉県が第47位と最下位ということからも見て取れるようです。千葉県45位で神奈川県も38位なんですねぇ。
これはトータルで医師不足ということもあるだろうけど、大都市部を中心とした医師偏在ということも言えそうだ。
労働力としての研修医が不足した大学病院は、国立大学の法人化などにより自病院の経営にも気を回さざるを得なくなり、地域の病院に勤める働き盛りの臨床医を大学に戻さなければならず、人手確保のために派遣した医師の引き上げが行われているのである。
と、現場でのあれやこれやの問題も複雑に絡み合い、さらに40代といった働き盛りの世代の退職も増えていると言います。これは人員不足の中、がんばってやっていてもやはり余裕がない中で事故も起こりやすくなり、限界に達してしまう。また医療事故としてなんでもかんでも医師の責任にされてしまう風潮がそうさせてしまうようです。こうしてひとり辞めてしまうと残った医師への負担がさらに強まり、またひとり去っていくとなるともう成り立たなくなる…ということが、医師不足という意味なのではと思われます。ま、こんど打合せのときにでも先生にこのあたり聞いてみる。
でもなんか過疎化した地域をどう盛り上げるか、みたいな問題に似てもなくないなぁ。
どうしたら医師が呼べるのか、特に地方の病院でどうしたらいいのか考えてやってみたら来てくれたっていう成功例のひとつがこれ
医師不足の時代に対応 信越病院の事例
お客さんがいなくなったお店をどう復活させたのかみたいな話だなw